当てる占いと、理解する占いの違い

四柱推命をやさしく学ぶためのノートとペンのイメージ ① 世界観をつくる

― 正解を探さなくていい、という話 ―

🍀 はじめに|「当たるかどうか」が気になってしまうとき (´`*)

占いを見るとき、
「当たっているかどうか」が
どうしても気になってしまうこと、ありませんか。

良いことが書いてあると、
少しほっとして。

悪いことが書いてあると、
胸のあたりが、ざわっとする。

私も、そんなふうに
占いに一喜一憂していた時期がありました。

でも、少しずつ思うようになったんです。

当たっているかどうかばかりを気にしていると、
自分の気持ちが、
どこか置いていかれてしまう気がするな、と。


「当てる占い」が向いている場面もある

まず最初に、ひとつだけ。

「当てる占い」が悪い、
という話ではありません。

・背中を押してほしいとき
・決断のきっかけがほしいとき
・少しワクワクしたいとき

そんな場面では、
当てる占いが助けになることも、たしかにあります。

ただ、
心が疲れているときや、
自分を責めやすくなっているときには、

占いの言葉が
そのまま重たくのしかかってしまうこともある。

私は、そんなふうに感じることが多かったです。


「理解する占い」という考え方

四柱推命に触れていて、
私がいちばん楽だと感じたのは、

「未来を当てる」ことよりも、
**「自分を理解する」**という使い方でした。

たとえば、

「どうして、こんなに頑張りすぎてしまうんだろう」
「なんで、同じところでつまずくんだろう」

そんな問いに対して、

「それはダメだから」
ではなくて、

「そうなりやすい性質があるのかもしれないね」

と、そっと見ていく感じ。

責める材料ではなくて、
理解するためのヒントとして使う。

それが、
私にとっての四柱推命でした。


当たらなくても、意味がある

「それ、あまり当たってない気がするな」

そう感じることも、
もちろんあります。

でも、
大事なのは
当たっているかどうかよりも、

・どう感じたか
・どこが引っかかったか
・なにが嫌だったか

そこを見ることだったりします。

「当たらない」からダメ、ではなくて、
「今の自分には合わない」
それだけのことかもしれません(´`*)


正解を探さなくていい

占いを見ていると、
つい「正解」を探してしまいます。

これを選ぶべき?
今は動くべき?
それとも、休むべき?

でも、このブログでは、
その正解を出そうとはしていません。

四柱推命は、
「こうしなさい」と言うものではなくて、

「こういう見方もあるよ」

と、そっと置いてくれるもの。

その中から、
今の自分に合うものだけを
拾えばいいと思っています。


 おわりに|占いとの距離は、自分で決めていい🍀

当てる占いも、
理解する占いも。

どちらが正しい、
という話ではありません。

ただ、もし今、

・占いを見るたびに疲れてしまう
・自分の気持ちが、わからなくなっている

そんな感覚があるなら、
少し距離のある使い方も、
あっていいと思うんです。

四柱推命は、
未来を縛るものではなくて、
今の自分を知るためのひとつの視点。

そのくらいの距離で、
ちょうどいいのかもしれません。

このブログでは、
そんな距離感で、
ゆっくり言葉を置いていきたいと思っています。

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